やりかた


一般的にデザイン手法と呼ばれるものを自分的にざっくり分けてみると、
シーズ型(素材からの発見)と
ニーズ型(目的からの思考)
になります。

もう少し詳しく説明すると、

シーズ型           I  ニーズ型
新しい手法を見つけるために  I  ある状況に対して
アバウトな方向性を決めて   I  問題点を探り
ある素材や作り方を      I  それを解決するために
徹底的にスタディし続け    I  明確にコンセプトを立て
何か発見が生まれるまで    I  それが伝わるように
やり続ける          I  形に落とし込む

という感じでしょうか。
多分どちらのやり方が良い、という事でなく、
それぞれ生まれるものが違うのでしょう。
シーズ型に必要なのは
先が見えなくてもやり続けれる根性と、別の何か(例えば考えてた方向性と違うもの)が生まれてもすぐそっちに乗り換えれる柔軟さ
で、
ニーズ型に必要なのは
状況から問題点を抽出する俯瞰的な視点と、その問題点を解決するのはこうするしかない、というある種の思い込み 
というのが僕の経験からの意見です。
↑批判、どんと恋です。

ある記事で
デザインとは自分の主観と客観を意図的に行き来する作業だ
というたぐいの話がありまして、
主観の部分を根性や思い込みに
客観の部分を柔軟さや俯瞰的な視点に置き換えると
どちらの話にも通じるのではないでしょうか。
うん、勝手に納得。

ただシーズ型では主観→客観
  ニーズ型では客観→主観
の順で始める事が多いような気がします。

また、
シーズ型は時間をかければかける程独創的で、
ニーズ型はある程度時間が短くても面白いものが出せるような気がします。
なので僕はじっくり時間をかけれる場合(卒制など)はシーズ型を、
短いスパンで反射的にする場合(ワンディなど)はニーズ型を選択しています。

シーズ型だと面白さ(若しくは新しい事が行われているか)が
ニーズ型だと上手さ(若しくはそれが伝わるか)が
主な評価軸になっているのではないでしょうか。

おそらくこの二つを横断する考え方はないんじゃないか。
というのが現段階での僕の認識です。

まぁしかし、新しく作るなら、
面白くて必要なものじゃないと意味がない
と思っているので、
どちらから評価されても価値のあるものじゃないと良いデザインと言えないかもしれません。

でもシーズ型で発見した面白さを、「それがどう必要なのかね」と聞かれると困るんだよなぁ。うぅ。

なにかこの二つの良い部分をミックスした考え方を身につけたいものです。
先は全く見通せませんが。
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# by shinple | 2009-03-25 13:28 | デザイン

あけまして

おめでとうございます。
今更ですが。
近況としては、
24歳になり
就職活動に追われ
部屋の暖房が壊れ
髪型が坊ちゃん刈りになった
という所です。

ようするにばたばたしてます。
のでしばらく更新出来ません←全然書かずに今更ですが。
また2月に入れば書いていこうと思います。

ということで、またよろしくお願いします。
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これは牛ではございませんが。
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# by shinple | 2009-01-11 23:49 | よもやま

のろい

昨日四条寺町下った所にあるインド料理屋でカレーを注文したら、店員のインド人の七三君(どうやらこの店のオーナーの息子らしい)にマンゴーラッシーをサービスされた。
しかもその時「乾杯して下さい!」と言われ、頂いたマンゴーラッシーで乾杯することに。
なんかちょいちょい絵文字で言う所のグーポーズをされる。
カレーは凄く美味しかったです。インドらしい緑色のカレーとイギリスにこれが渡ってカレーライスになったのか、て感じの濃厚焼きカレー(インド名もあったけど忘れました。ので下に書いてあった日本語の説明で書きます。)を頂く。後引く辛さでグイグイいけました。きっとビールが合うんだろう。飲めないからよくわかんないけど。
そしてとにかくインドチキン(また名前忘れた)がやわらかくって美味しくってびっくり。
もうお腹の中インド祭りってくらい食べて、お会計すると何故か端数までまけてくれて、最後に両手でグーポーズ作りながら「エンジョイ!エンジョイ!」て見送られました。

何故僕がこんなにインド人だったりイエメン人だったりミャンマー人によくされるのか理由を知る人がいれば教えて下さい。

p.s.この日記は某氏の日記にインスパイアされて書きました。
そしてタイトルは遅刻をかまして予定が押すことを「遅刻ののろいやわ。」と遅刻が”呪い”のように自分を苦しめるさま、そしてそもそもその遅刻は自分が”ノロい”からだ、という奇跡のダブルミーニングを意識せず使う最愛の人物にインスパイアされたからです。
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# by shinple | 2008-12-03 10:34 | よもやま

情報デザイン特論10/31ver.2

宿題をします。
前回の続き、リチャードサッパーのまとめです。

・リチャードサッパー
経済学部卒。デザインの経済効果を研究をしていた事が契機となり、ベンツに入社。3年程ハンドルのデザインをした後ミラノに帰り、そこでジオ・ポンティの事務所に勤務。その後マルコ・ザヌーゾと15年程共にデザイン活動。そして1980年からIBMでコンサルタントを勤め、現在に至る。
*IBMはデザインコンサルタントを長期的に雇う(おそらく亡くなるまで)。そうすることでコンサルタントは社内デザイナーより長くIBMに携わることになり、長期的な視野(5年後、10年後見据えた)で社内を見渡すことが出来る。

飽きないデザイン=動きのあるデザイン:
生活の中でずっと意識され、飽きることのないデザインとは存在するのか。サッパーは自然に着目し、人はなぜ自然からいつも感銘を受け、飽きる事がないのか考え、その中で”自然の動き”に着目した。雲は常に変化する。その為人は雲を見続けても飽きることはない。プロダクトに”動き”を取り込むことで使い続けても飽きる事のないデザインを目指す。

動きの種類
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1ON/OFFの変化
プロダクトを使う際の形、使わない時の形それぞれに相応しいありようを考え、一つの物にONとOFFの状態を”動き”として盛り込む。(例:ブリオンベガのTV)
2物自体の動き
プロダクト自体に動きを与える
3彫刻的表現
物が動くのではなく人が動く事で視点が変わり、その変化によってプロダクトに様々な”動き”=見えるものの変化が生まれる。

・マクロとミクロの関係性
情報を提示する際に一番よくわかるのはマクロな視点とミクロの視点、この二つが同時に見える
状態を作ることである。そのマクロとミクロの関係性を作り込むことで、プロダクトは使いやすいものになる。
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・ディテールのオリジナリティ
形としては常にシンプル=原型のような形を目指す。しかしディテールの部分にそのプロダクトのメッセージを込めることで、リチャードサッパーらしさが生まれる。
↑この感覚を意訳すると”見え方のレイヤー感”という言葉になる。基本のシンプルな形でありながらも、その中に少し作る人の個性、コダワリといったノイズのような物が紛れ込む。感受性を低く持つと気づきにくいが、しっかり見ると違いがわかる。またぼんやり見ていてもその違いが感覚的に伝わってくる。表面のシンプルな見え方の奥に潜む個性がにじみ出る感じ。最近デザインされたものの多くはこのレイヤー感が存在しないからのっぺりしたものになる。"Gods in Details."を現代意訳するとこのようなことになるんじゃないでしょうか。

以上、リチャードサッパーのまとめです。カスティリオーニやソットサス(初期)に見られる「イタリア合理主義」は物と人の関係性に着目してデザインされているので、現代でも通じる(原型的な)ものが多いのだと思います。
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# by shinple | 2008-11-11 16:35 | 情報デザイン

情報デザイン特論10/31ver.1

情報デザイン特論10/31の概要です。
実は遅刻をしましたので、途中から参加しました。
多分流れは
1、ペルソナ手法について
2、リチャードサッパーのデザイン手法
だと思います。
まずは、ペルソナ手法について。

・ペルソナ手法
ペルソナは対象ユーザの表現の方法である。
手順としては、
1まずペルソナを設定する。
2その設定したペルソナの目標(ゴール)を設定する。
3その目標へ向かうシナリオ(ステップ)を設定する。
というステップでユーザのニーズを分かりやすく表現する。
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・1ペルソナの設定(ユーザキャスト)について
ペルソナを作る際には以下の情報を与える。
ユーザの基本情報
ユーザの役割(user role)
ユーザの目標(user goal)
ユーザの好み(user preference, brand)
*ペルソナを考える際、架空で全て作り出すのではなく、そのペルソナにインタビュー等のユーザ調査の結果を盛り込む。

・今までは幅広いユーザのためのデザインだった。そのため多機能で無駄の多いプロダクトが生産され、誰の為のデザインなのかわからないものが出来上がってしまっていた。そこで、たった一人のためのデザイン、ユーザを限定して限定されたユーザの満足を得るためのデザインを考える風潮が生まれる。100%の人の70%の満足→10%の人の100%の満足へ(例:キャリーバッグは空港で働く人、パイロット等の為にデザインされたものである)。
その為に考えられた手法の一つがペルソナ法である。

・日常的に「ペルソナ」として使われている事例の多くにはユーザの目標(goal)が抜け落ちている事が多い。その為シナリオを描いても焦点を持たず、デザイン自体もペルソナに対してぼやけたものになっている。

以上ペルソナ手法のまとめです。ここからはそのペルソナについて思ったこと。
*少し批判的な意見ですので、どうぞ気になさる方は読み飛ばし下さい。
今回キチン?とペルソナ手法について知ることで感じたのは、やはりどうしても自分には合わない、ということ。例のキャリーバッグについてもペルソナ手法とは違う話な気がする。あくまでキャリーバッグは機能的な面で評価され、多くの旅行者に受け入れられたわけで、それはペルソナが使われる際に評価される嗜好的な面ではない。もしパイロットのペルソナを具体的に描き、その嗜好に合わせたデザインを行っていると、恐らく多くの人に受け入れられることはなかったであろう。確かにユーザを絞る事は重要だと思う。多機能に色んな物を一つに詰められてもそんなゴチャゴチャしたものは僕は欲しくない。しかしだからといって具体的なユーザを描いても、そんな人が一体何人いるんだろうか。それよりもペルソナで具体的にユーザを描いたことで、そのユーザのご機嫌伺いなデザインをしてしまうことが起きる恐れがある(この辺についてはここでプロの方が詳しく述べていらっしゃいます)。初めに例で佐藤(Kの方)さんが書いていたように、主婦やおじいさん、といった自分の中にない人に、”自分が成りきる”ことが必要で、そうすることで自分やユーザ、多角的な視点で問題の本質が見えるのではないか。ご機嫌伺いでユーザ(しかも存在しない人)の言う事を聞いてどうするのか。もしペルソナに従い過ぎれば自分をなくし、多角的な視点そのものが失われてしまう。僕にはペルソナを描くことはどうしても上を納得させる為のプレゼン手段、という感じがしてしまう。


リチャードサッパーについてはまた後日アップします。
↑こうして宿題をどんどん貯める癖はいくつになったら抜けるのでしょうか。
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# by shinple | 2008-11-10 04:30 | 情報デザイン